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鹿児島地方裁判所 昭和28年(わ)72号 判決 1953年8月05日

主文

被告人両名を各罰金千円に処する。

右罰金を完納することができないときは各金百円を一日として換算した期間被告人両名をそれぞれ労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人両名の連帯負担とする。

被告人有川勝吉に対する本件公訴事実の中別紙記載の分(起訴状訴因第二の(二)該当のもの)については公訴を棄却する。

理由

被告人両名は兄弟であるところ

第一、被告人有川義一は昭和二十七年一月一日肩書悪石島中村よしづる方において義弟にあたる肩書居村中之島田中徳義と些細のことから口論を始め互に組み合いとなり、一旦制止されて同人が屋外に出るやなお奮慨してこれを追い、同家附近に隠れていた同人に対しその生命、身体に危害を加えるような気勢を示して同人を脅しうつぷんを晴らそうと企図し、即時同所において所持していた導火線付雷管三発を順次爆発させ、よつて同人を脅迫し

第二、被告人有川勝吉は前記中村方に居合はせ前記第一記載のような兄義一と田中との紛争を見聞し右田中の言動に不満を抱いて奮慨し、同人が屋外に出るやこれを追い前記のように隠れていた同人に対し「出て来い殺すぞ」と怒号して前同様の気勢を示しよつて同人を脅迫し

たものである。

右事実は

一、被告人両名の当公判廷における各供述(但し同有川勝吉の訴因第二の(二)に関する部分に関するものを除く)

一、被告人両名の司法警察員に対する各供述調書(有川勝吉に対するものは三月二十四日附の分)中の供述記載

一、田中徳義、有川勝成、中村よしづる、中村しま子の各司法警察員又は司法巡査に対する各供述調書中の供述記載を各綜合してこれを認める。

右被告人両名の判示行為を法律に照らすと、第一、第二共各刑法第二百二十二条第一項に該当するから各所定刑中罰金刑を選択して各罰金千円に処することとし(罰金につき各罰金等臨時措置法第二条に従う)労役場留置につき各刑法第十八条を、公訴費用負担については各刑事訴訟法第百八十一条第一項、第百八十二条をそれぞれ適用する。本件公訴事実中別紙記載の火薬類取締法違反(訴因第二の(二)該当の分≪編者註昭和二六年六月初頃法廷の除外事由がないのに同島の自宅においてダイナマイト一本を所持したものであるとの事実≫)の点については、後記理由によつて同被告人に対しては裁判権を有しないことが明白であるから刑事訴訟法第三百三十八条第一号に則つて公訴棄却の判決をしなければならない。

なお、弁護人は本件公訴事実は全部につき被告人両名に対し裁判権がないから公訴棄却の判決をすべきものなる旨具陳するので(弁護人提出の上申書参照)その点につき案ずるに、本件において犯罪の場所として指定せられている悪石島は北緯二十九度以南に散在する南西諸島中同二十九度、三十度間に連る一小島であつて、従前は鹿児島県大島村に所属し、我が主権の下に平等に統治せられて来たことは顯著なる事実である。しかし昭和二十年九月我が国が合国に無条件降伏をし「ポツダム宣言」の条項を受諾し我が国領土は全面的に軍事占領され最高司令官の指示命令を厳守実行することを誓約するに至つた結果、同二十一年一月二十九日同司令官の我が国政府宛の覚書により我が国の領土と主権は本州等の四大本島及びその附属小島に局限され、本件悪石島は我が国の地域から除外せられることになり、従つて我が国主権は同島においては行使の由なくその後は同島は合国琉球諸島軍政府の主権の下に統治せられて来たこと、これ亦顯著なる事実である。しかるにその後昭和二十六年十二月五日附同司令官の我が国政府宛覚書及び右覚書によつて発付せられた、同年政令第三百八十号によつて同年十二月五日以降右悪石島は他の北緯二十九度以南の一部諸島と共に正式に日本領士として返遷せられ当日から鹿児島十島村の一部として我が主権下において当然我が法規が適用せられ、且つ当然同島住民は我が裁判権に服することになつた。しかして本件脅迫行為の行われた日時は昭和二十七年一月一日と指定せられ、審理の結果によるも同日であることが明白であつて犯罪の日時は右悪石島が我が国に復帰し我が国の裁判権下に服するに至つた後の日時の行為であるから、右日時における行為を当裁判所において審理裁判するのは当然の権利義務であると思料せられるので、審理の上前記のような事実認定及び法令適用をして主文のような判決をした次第である。

検察官は以前同島に施行せられていた昭和二十四年軍政府特別布告第三十二号は、現在においても我が国裁判所においてこれを適用処断し得るが如き見解を示しているが、右布告は前覚書及び政令によつて廃止されたものと解すべきであつて、現在においては我が刑法、刑事訴訟法が適用されており、我が裁判権下においてこれを審判することは当然である。よつてこの点に関する弁護人の見解は相当でなく到底採用の余地はない。

なお、検察官は別紙訴因第二の(二)については最初前記布告違反の罪名罰条で起訴しその後これを我が国の火薬類取締法違反の罪として罪名罰条の変更をし、現在も同名を以て本件を処断し得るものの如く具陳するので(検察官提出の意見書参照)その点につき更に案ずるに、前記に開明したように終戦後から昭和二十六年十二月五日までの間は右悪石島は我が国領土地域から除外され我が国主権は完全に停止されていて、勿論裁判権も合国軍政府によつて運営せられ我が国裁判権は全く停止していたのである。もつとも右布告一、一、二によれば「軍政府の設立以前に存した琉球法は軍政府の政策宣言に背反しない限り有効である」とあり、あたかも我が国の刑法以下の刑罰法規が琉球諸島方面(南西諸島を含む)に依然として適用せられていた如く認定する虞れがないでもないが、右布告の内容において従前の我が刑罰法規の罰条としてその構成要件を同じくするものがあるとしても、前記叙述した通り我が国の裁判権は完全に停止されており、従つて裁判権を実質的に運営すべき我が国の刑罰法規定がそのまま有効に適用されると見る外は全く不可解の意見と謂わねばならぬ。結局同島は右訴因第二の(二)において犯罪の目的として指定せられた昭和二十六年六月頃において同島における我が国の主権(裁判権も含めて)は完全に停止されており多少布告の内容において従前同島に適用されていた我が国の刑罰法規の内容と同一或は類似の規定があるとしても、当時同島に適用されていた刑罰法規は、外国の法規である右布告そのもののみであつたと解すべきである。(右布告第三十二号参照)従つて、右犯行当時は未だ我が主権の回復されない以前に犯された罪であつて、当時の同島は刑法第二条乃至五条の外国に該当し一般日本国民の国外における犯罪は同法第二条に列記した罪についてのみ適用されるべきものであつて、本件火薬類取締法の如き取締法は当然同法から除外せられている。右悪石島が我が国主権下に復帰する前後において右復帰前の行為についてもなお火薬類取締法等の如き取締法規を適用処断し得るが如き立法が存在していると仮定して初めて検察官主張の如く裁判時法として現火薬類取締法の適用があつて右布告と火薬類取締法とを刑法第六条によつて比照して軽い火薬類取締法の刑を適用すべきであるとして解せられるのではあるまいか、左様な不合理な意見があるのは我が国に当時主権(裁判権も含めて)がなかつたことを忘れ且つ刑法及び昭和二十七年法律第八十一号第一三七号の法意の解釈を曲解する為であつて、右意見は到底容認することは出来ない。結局本件は当時外国における罪として犯されたもので現在はこれを審理裁判すべき何等の法規がないのであつて、結局同被告人に対しては当裁判所としては裁判権がない事に帰するから公訴棄却の判決をしなければならない。

よつて主文のように判決する。

(裁判官 米原光)

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